横浜地方裁判所川崎支部 昭和53年(ワ)87号 判決 1980年2月14日
原告
五閑元一
被告
服部誠二
ほか一名
主文
一 被告服部誠二は、原告に対し、金三〇二四万三七一三円及びこれに対する昭和五一年三月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告日新火災海上保険株式会社は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対するこの判決確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用中、原告と被告服部誠二との間に生じたものは、これを二分し、各その一を原告及び被告服部誠二の負担とし、原告と被告日新火災海上保険株式会社との間に生じたものは全部同被告の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告服部誠二は、原告に対し、金八〇八三万円及びこれに対する昭和五一年三月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被告日新火災海上保険株式会社は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生及びその結果
(一) 昭和五一年三月一四日午前四時ごろ、神奈川県相模原市西大沼一丁目二番一三号先国道一六号線上において、被告服部運転の普通乗用自動車が訴外浜崎一成運転の普通貨物自動車に追突し、被告服部運転の普通乗用自動車の助手席に同乗していた原告が受傷した(以下本件事故という)。
(二) 原告は、本件事故により第三、第四頸椎損傷の傷害をうけ、右傷害の後遺障害として胸部以下が完全に麻痺しており、常時介護を要する状態であつて、これは、後遺症等級一級に該当する。
2 責任原因
本件事故は、被告服部が前方注視義務を怠たり、脇見をしたために起つたものであり、民法七〇九条により、被告服部には不法行為責任がある。
3 損害
(一) 逸失利益
原告(昭和三一年一月生)は、本件事故当時、訴外吉之薗募に雇用され、内装工事等の仕事に従事し、少なくとも昭和五〇年度賃金センサス高卒平均賃金(月額金一〇万一〇〇〇円、賞与年額金三四万二〇〇〇円)を得ており、右は、昭和五二年には一割上昇しているので、原告の就労可能年数を四五年とし、新ホフマン式により、年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、金三九七一万円(一万円未満切り捨て)となる。
(二) 慰藉料
金一五〇〇万円
(三) 看護料
原告は、前記のとおり、常時介護を要する状態であり、右介護に要する費用は、昭和五〇年度賃金センサス女子平均賃金(月額金八万八〇〇〇円、賞与年額金二八万九〇〇〇円)は、昭和五二年には一割上昇しており、これに原告の平均余命四九年とし、新ホフマン方式により、年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、金三六一二万円(一万円未満切り捨て)となる。
(四) 弁護士費用 金五〇〇万円
4 損害の填補
原告は、本件事故により、自動車賠償責任保険金一五〇〇万円を受領した。
5 被告日新火災海上保険株式会社(以下被告日新火災という)に対する代位請求
(一) 被告日新火災は、被告服部との間に、前記本件事故の加害車につき、期間昭和五〇年一二月二五日から同五一年一二月二五日まで、保険金額二〇〇〇万円とする対人賠償責任保険契約(自動車保険普通保険契約、以下本件保険契約という)を締結していたので、被告服部が、原告に対し、右責任を負担することによつて受ける損害を右保険金額の範囲内で填補すべき義務がある。
(二) 被告服部は、月収約金一五万円で、家族三人借家住いであり、右損害を賠償する資力がないので、原告は、民法四二三条により、被告服部の被告日新火災に対する右保険金請求権を代位行使する。
6 よつて、原告は、被告服部に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害額合計より、前記自賠責保険金を控除した残額金八〇八三万円とこれに対する不法行為の日である昭和五一年三月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告日新火災に対し、右被告服部の負担する債務金八〇八三万円のうち金二〇〇〇万円につき、被告服部に代位して保険金請求権に基づく保険金二〇〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五三年四月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、各求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告服部
(一) 請求原因1のうち、(一)は認め、(二)は不知。
(二) 同2は争う。
(三) 同3は不知。
(四) 同4は認める。
2 被告日新火災
(一) 請求原因1のうち、(一)は認め、(二)は不知。
(二) 同2は不知。
(三) 同3は不知。
(四) 同4は認める。
(五) 同5、(一)のうち、本件保険契約が締結されていたことは認めるが、その余は争う。(二)のうち、被告服部が無資力であることは不知、その余は争う。
三 被告服部の抗弁
1 無償好意同乗による責任の減免
(一) 原告と被告服部は、本件事故当時、訴外吉之薗募と共に、株式会社美浜工業から依頼される内装工事の仕事に従事していたのであるが、これらの仕事は建築現場がその都度かわつて一定しておらず、また、作業開始時間、終業時間とも現場によつて区々であつたので、通勤には車の使用が不可欠であつた。従つて、原告も被告服部も通勤に使用するために自分の車を所有していたが、原告と同被告は住居も近く、同被告が原告に当時の仕事を紹介した親しい間柄でもあり、そのうえ、出勤する現場、出勤、帰宅時間が全く同じである等の理由から、次第に原告が同被告の車に同乗するようになり、本件事故当時においては、同被告の運転するその所有の車に原告が同乗し、一緒に通勤することがほとんど毎日の形態であり、その際のガソリン代、高速道路等の通行料金はすべて同被告の負担となつており、原告から何らの対価もうけていない。
(二) 以上のように、本件事故時、原告は、原告に対して何の義務も負つていない被告服部の運行を、自身のために無償で支配し、利用していた関係にあるから、その支配利用の程度に応じて、運行の責任をも負担すべきであり、被告服部は、この限度で責任を免れ、少なくとも軽減される。更に、原告は、他人の車への同乗という常にある程度の危険を伴なう行動を自らの意思で選択した以上、運行中に発生するかもしれない事故の危険性を十分承認していたわけであり、これも被告服部の責任の程度を決定するうえで十分斟酌されるべきである。
2 過失相殺
右のとおり、原告は、自己の通勤に際し、ほとんど被告服部の車を利用し、その運転を委ねていたのであるが、仕事が深夜、早朝にまで及んだ場合、帰宅途中に助手席に乗つたまま居眠りをすることがよくあつた。被告服部は、常々原告に対し、急ブレーキをかけたり、カーブのとき、前のめりになつたり、倒れたりして危険であるから、睡眠をとるなら後部座席に座るよう注意していた。本件事故当日も、作業が早朝にまで及んだため、同被告が原告に対し後部座席にするよう勧めたところ、原告は「眠らないから大丈夫である」旨述べ、そのまま助手席に乗りこんだ。発車後しばらくは雑談していたが、事故現場にさしかかる頃には原告が居眠りをはじめた様子であり、それに気付いた同被告が、助手席を確認し、原告に注意しようと目を前方から助手席の方へ転じた際、同被告の車が斜め前方に進行し、先行車に衝突して本件事故に至つたものである。
本件事故発生については以上のように、同乗者たる原告の挙動が大きく寄与しているのであり、これを被害者の過失として賠償額の算定にあたり十分斟酌すべきである。
3 損害の填補
原告は本件事故による傷害につき、労災保険の保護通勤制度により、昭和五一年三月から同五二年九月まで休業給付として合計金三八〇万三〇四一円の支払をうけ、その後同年一〇月からは、右休業給付に代わり、障害年金の給付をうけており、その受給額は同五四年八月末現在で、金三六三万八五〇八円である。右受給額合計金七四四万一五四九円は原告の損害額から控除されるべきである。
四 被告日新火災の抗弁
1 被告服部の抗弁1ないし3を援用する。
2 免責の抗弁
(一) 本件保険契約の内容たる自動車保険普通保険約款第二章第五条において、「被告日新火災は対人事故により次の者の生命又は身体が害された場合には、それによつて被保険者が被むる損害を填補しない。」旨規定し(以下本件免責条項という。)、その該当者として、その五号で、「当該被保険者の使用者の業務に従事中の使用人。ただし、当該被保険者が被保険自動車をその使用者の業務に使用しているときに限る。」旨を定めている。
(二) 本件事故は使用者訴外吉之薗募の業務に従事中の事故である。
(1) (訴外吉之薗募と原告、被告服部の関係)訴外吉之薗募は、美浜工業から専属的に仕事(軽量鉄骨材の取付工事)の発注をうけ、被告服部は、昭和四九年八月二一日より右吉之薗募のもとに見習職人として雇われ、原告も同じく同五〇年二月頃より見習職人として雇われた。
(2) (事故当時の業務の状態)訴外吉之薗募は、美浜工業より東京都墨田区錦糸町所在のクラブスリーナインの改装工事を請負い、被告服部及び原告は、右吉之薗募の命により昭和五一年三月一三日午前九時頃より工事を始め、突貫工事のため徹夜をし、翌一四日の午前三時頃仕事を終え、被告服部が所有し、かつ運転する本件加害自動車に同乗して相模原市内にある自宅へ帰る途中で本件事故を生じさせた。
(3) (業務に従事中の事故であること)本件免責条項中の「業務に従事中」の意義については、労働者災害補償保険法(以下労災保険法という。)にいう業務上と同様に解すべきであるから、その解釈は、労災保険における業務上及び業務外の認定基準によるべきである。
即ち、右の認定基準としては、業務遂行性(当該労働者の行為が労働契約に基づき事業主の支配下にあること)の存否が重要であるが、通勤(出勤及び退勤)は、一般には、いまだ事業主の支配下にないから業務遂行性はないが、事業主が専用の交通機関を労働者の通勤の用に供している場合、或は、用務の遂行にあたり、通常の通勤時間、通勤順路、通勤方法と著しく異なつた時間、順路、方法等をとる必要があつた場合等は、事業主の支配下にあるものとして業務遂行性があるとみるべきである。本件では、午前三時ごろ帰途についているのであるから退勤時間が著しく通常と異なつており、また、その頃相模原市方面に帰るには、電車、バス等では帰宅不可能で、特定の交通機関しか利用できない状態であり、更に、本件事故は出張帰途の事故ともみられるので、本件事故は、前記の認定基準における業務遂行性がある場合の事故であり、したがつて、本件免責条項にいう「業務に従事中」の事故である。
よつて、本件免責条項に該当し、被告日新火災は被保険者である被告服部に保険金を支払う義務はない。
五 被告らの抗弁に対する認否、反論
(被告服部の抗弁に対し)
1 右抗弁1(一)のうち、車の使用が不可欠であつたことを否認し、その余は認める。(二)は争う。
2 同2は争う。
3 同3のうち、原告が労災保険の保護通勤制度により、昭和五四年八月末までに、被告服部主張のとおりに休業給付、障害年金合計金七四四万一五四九円を受領したことは認める。これを損害額より控除することは争う。
(被告日新火災の抗弁に対し)
1 右抗弁1については、被告服部の抗弁に対する答弁を援用する。
2(一) 右抗弁2のうち、(一)は認める。(二)(1)は認め、同(2)のうち、一三日午前九時頃より仕事を始め、突貫工事のため徹夜したとの点は否認し、その余は認め、同(3)は争う。
(二) (事故当時の業務の状態に関する反論)本件事故当時、仕事が深夜まで及んだのは、通常の作業開始時間の午前八時に、原告らは現場に到着したが、工事現場のシヤツターが閉つていたため、店内改装にかかれず、仕事の効率が延引し、その結果終業時間も遅くなつたのであり、仕事の性質も突貫工事ではなく、仕事量と工事代金からみれば一日分相当の仕事であつた。
(三) (業務に従事中の事故でないこと)本件免責条項につき、労災保険法上の業務上外の認定基準によるとしても、労働省見解及びこれに基づく現実の認定行政では、原則的に、通勤災害を業務上の災害でないとし、例外的に、事業主が専用の交通機関を労働者の通勤の用に供している場合、その利用に起因する災害は業務起因性が認められ、業務上の災害となるとし、右専用の交通機関によらない場合でも、事業附属寄宿舎と事業場との間の通勤において、特定の交通機関を利用する以外に往復の方法がないような場合には、その交通機関の利用に起因する災害は業務上の災害と解されることがあるとし、また、出勤または退勤後に途中で用務を行なう場合の業務遂行性の有無については、事業主の業務命令があつたか否か、明示の業務命令はなかつたとしても、当該労働者として職務上当然行なうことが予想される用務であつたかどうか、用務の遂行にあたり、通常の通勤時間、通勤順路、通勤方法等と著しく異なつた時間、順路、方法等による必要があつたかどうか等の点につき、積極的に解すべき事情があれば、一般に業務遂行性があり、業務上の災害となるとしている。以上のように、労災保険上、通勤災害が例外的に業務上災害と認定されるためには、「用務を行なう場合」が前提であるところ、原告は工事現場から自宅へ帰宅のため直行する途中であり、途中で用務を行ない、その経過の中で本件事故にあつたものではなく、また出張帰途の事故でもないから、業務上の災害ということはできない。また、「特定の交通機関しか利用できない場合」とは、前記のように現場労働と寄宿舎の関係を前提としており、自宅へ帰宅する途中である本件事故のような場合とは前提を異にし、更に、午前三時頃の帰宅というのも、現在の建築現場、工事の実態からして、帰宅時間のずれもしばしば生ずることであり、退勤時間が通常と著しく異なるとはいえない。なお、原告は前記のとおり、労災保険上の保護通勤制度の認定をうけているが、右制度はその趣旨からして、業務外の災害であることが前提である。
六 原告の再抗弁
本件免責条項は公序良俗に反し、無効である。
即ち、本件免責条項の趣旨は、業務中の事故は労災保険の分野に委ねたところにあると解されるが、労災保険による給付が行なわれたとしても、右給付は社会保障的色彩が濃く、労働災害に対する使用者の民事賠償責任を填補するものではないのに比し、自動車保険は、保険契約者の過失を前提としてその民事賠償責任を填補するものであつて、両者はその制度目的が異なり、更に、その認定ないし損害の査定の方法、機関、給付ないしは填補される損害の範囲、無過失責任か否か、保険金の費用負担者等の点も異なるのであつて、両者間には質的な差異もあるから、右労災保険の給付があれば、他方の給付を行なわなくてもよいということにはならず、前記趣旨に合理的理由はない。そして、右制度の趣旨から「業務に従事中」の判断、解釈にあたつては、被害者救済を本質とする自動車保険にあつては、不支給の原因となる「業務に従事中」の判断はより厳格でなければならないが、仮に、本件事故が本件免責条項上の「業務に従事中」の事故に該当し、本件免責条項が適用されるとすれば、被害者救済の道をせばめ、自動車保険を支持する社会通念にも反し、自動車を所有する保険契約者の意思にも反し、自動車保険制度の根幹を揺ぶることになる。更に、本件免責条項が法律知識の点でも、経済的地位の点でも絶対的優位にたつ保険会社によつて予め用意された不動文字の契約書によつて成立していることは、実質上契約当事者間の対等原則、法の下での平等に反し、著しく正義の要請にもとり、契約上の信義に反するものである。
七 再抗弁に対する被告日新火災の答弁
1 争う。
2 本件免責条項の趣旨は、労働者が業務上の事由により、負傷したり、死亡したときは、その使用者は、労働基準法によつて、種々補償が義務づけられ、そのための国営の労災保険があり、企業内事故は、本来第三者に対する賠償責任を填補しようとする自動車保険の対象としては、やや異種に属するものであるからこの種の危険は労災保険の分野に委ねたところにあり、また、自動車が業務に使用される場合に、その運行によつて業務に従事する使用人が被災する危険が一般に高いために、その危険を定型的に保険の対象から除外しようとする趣旨を含むものであるから、本件免責条項は合理的根拠を有するものである。
第三証拠〔略〕
理由
一 交通事故の発生及びその結果
1 請求原因1(一)の事実(本件事故の発生)については全当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない甲第三、四号証、原告、被告服部各本人尋問の結果によれば、原告は本件事故により、第四頸椎骨折、頸髄損傷等の傷害をうけ、右傷害により、四肢麻痺、第七胸髄相当部以下は知覚、運動の完全麻痺の症状を現在も有し、身体の両下肢にかけては自力での可動性が全くなく、両上肢は可動性はあるが、痙性麻痺があり、また、膀胱直腸障害があり、排尿、排便が自力では困難であり、これらの障害は将来改善の余地がなく存続し、日常生活について介助者を要すること、右は自賠法施行令別表等級第一級に該当する後遺障害であることが認められる。
二 責任原因
前掲甲第三号証、被告服部本人尋問の結果によれば、本件事故は、被告服部が自車の助手席に原告を乗せて運転中、原告が居眠りをはじめたので注意しようとして原告の方を向いたまま運転したために自然に左斜め方向に進み先行車に追突して惹起したものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定によれば、本件事故は、被告服部が前方及び左右を注視し、進路の安全を確認して進行すべき注意義務を怠たり、自車助手席を脇見して前方注視を欠いたまま進行した過失により生じたものというべく、被告服部は、原告に対し、民法七〇九条によりその蒙むつた損害を賠償すべき義務がある。
三 損害
1 逸失利益
前掲甲第四号証、成立に争いのない甲第七号証に証人吉之薗募の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は昭和三一年一月生で本件事故当時、二〇歳余で、天井、壁等の下地張業を営む吉之薗募の見翌職人として稼働していたことが認められる。
そうすると、原告の学歴を認めるに足りる証拠のない本件では、原告は本件事故以後も少くとも、労働省発表の昭和五一年度賃金センサス男子労働者の学歴計二〇歳~二四歳の年間平均賃金一六六万四四〇〇円を得ることができたはずであるところ、前記の後遺障害のため労働能力を一〇〇パーセント喪失し、以後労働可能な六七歳まで四六年間の労働による得べかりし賃金を失つたものというべきである。
原告の右逸失利益を新ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定する(ホフマン係数は二三・五三三七である)と金三九一六万九四九〇円となる。
算式 一、六六四、四〇〇×二三・五三三七=三九、一六九、四九〇
2 慰藉料
本件事故の態様、原告の年齢及びその蒙むつた傷害、後遺障害の程度等前示の諸般の事情を考え併わせると、原告の慰藉料額は金一五〇〇万円とするのが相当である。
3 看護料
前掲甲第四号証、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は前示の後遺障害のため、リハビリテーシヨン治療の結果車いす使用が可能になつたとしても、日常生活には将来にわたつてほとんど介助が必要であり、現在、原告の母親がそれにあたつていることが認められる。右介助労働の金銭的評価について考えるに、原告は、昭和五〇年度賃金センサス女子平均賃金を基準とすることを主張するが、前示認定の諸事情からは、右介助につき専門的技能を有する者の助力が必要とは解しえないことにより、むしろ、近親者の附添費用に準じて算定すべく、右額は一日あたり金二、〇〇〇円を相当とし、厚生省発表第一三回生命表により、原告の本件事故当時の余命を五一年として、新ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定する(ホフマン係数は二四・九八三六である)と、看護料は金一八二三万八〇二八円となる。
算式 (二〇〇〇×三六五)×二四・九八三六=一八、二三八、〇二八
四 無償好意同乗ないしは過失相殺による責任の減免
1 以下の事実は当事者間に争いがない。
原告と被告服部は、本件事故当時、訴外吉之薗募に雇傭され、内装工事等の仕事に従事していたが、これらの仕事は現場がその都度かわつて一定しておらず、作業開始時間、終業時間とも現場によつて区々であつた。そして、原告、同被告とも車を所有していたが、両者は住居も近く、そのうえ出勤する現場、出勤、帰宅時間が全く同じであること等の理由から、車で出勤する場合には、次第に原告が同被告の車に同乗するようになり、本件事故当時においては、同被告の運転するその所有の車に原告が同乗し、一緒に通勤、帰宅することがほとんど毎日の形態であり、その際のガソリン代、高速道路等の通行料金はすべて同被告の負担となつており、原告から何らの対価もうけていなかつた。
2 前掲甲第三号証、証人吉之薗募の証言、原告、被告服部各本人尋問の結果によれば以下の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし容易に措信し難い。
現場に駐車場がない等車で行くことが適当でない場合を除いては、原告、被告服部は車で現場に向うことが多く、また、原告が被告服部の運転する車に同乗することが多かつたのは、前示理由のほか、被告服部の車が原告のそれより大きく、自己所有の車であるから運転するにも慣れていたためであり、被告服部は通勤のため月額三万円ないし四万円のガソリン代を費していたが、訴外吉之薗募よりガソリン代として月金一万円を支給されていただけであり、同訴外人から原告にガソリン代を支給されていなかつた。本件事故時も、前日午前六時ごろ、被告服部が原告を車で迎えに行き、午前三時ごろ仕事が終り、被告服部の運転で、帰宅する途中であつた。そして、原告がリクライニングシートを倒さぬまま、助手席で居眠りを始めたため(日頃、被告服部は原告に対し、急制動をかけた場合危険であるから、寝るときはリクライニングシートを倒して寝るように注意していた。)、原告に注意すべく助手席を脇見したため、本件事故が発生した。
3 右認定の同乗目的、態様に照らすと、原告もまた被告服部の車の運行による利益を得ており、また、前示本件事故に至る経過に鑑み、衡平、信義の観念に照らし、これらを斟酌の上、前示原告の蒙むつた損害額につき減額することが相当であり、右減額の割合は、右同乗目的、態様等右認定の諸事情(原告が日頃被告服部から注意を受けていたにもかかわらず、リクライニングシートを倒さないまま、助手席で居眠りした事情を含む)を勘案すれば、これを三割とするのが相当である。よつて、原告の損害額は、前記三の1ないし3の合算額からその三割を控除した金五〇六八万五二六二円となる。
4 被告らは、原告が従前からの被告服部の注意にも拘らず、そのまま助手席で居眠りした点につき過失相殺をなすべき旨主張するが、右は前示の如く、好意同乗による減額の斟酌事由として考慮すれば足りると解されるので被告らの右主張は採用しない。
五 損害の填補
原告が自動車賠償責任保険金一五〇〇万円を受領したこと及び原告が、本件事故により、労災保険法上の保護通勤災害の認定をうけ、休業給付及び障害年金として本件口頭弁論終結時までに金七四四万一五四九円を受領したことは当事者間に争いがない。そして、右保護通勤災害制度による給付については、給付の価額の限度において、原告の損害は填補され、原告の損害賠償請求権は労災保険法一二条の四第一項の規定により政府が取得するものとなるのであるから、この給付額を原告の蒙むつた損害額から控除するのが相当であり、右自賠責保険金及び労災保険の給付金を控除した原告の残損害額は金二八二四万三七一三円となる。
六 弁護士費用
被告服部に対する本件訴訟において、その審理経過、事案の難易、原告の損害額に鑑み、弁護士費用として金二〇〇万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。
七 原告の被告日新火災に対する代位請求
1 本件保険契約の締結については、当事者間に争いがない。
2 被告服部は、前示のとおり、原告に対して合計金二〇〇〇万円を下らない損害賠償債務を負つているところ、被告服部本人尋問の結果によれば、被告服部は右損害賠償債務を履行する資力のないことが認められる。従つて、原告は、後記被告日新火災の免責の抗弁が認められない限り、右損害賠償請求権保全のため、民法四二三条に基き、被告服部に代位して、被告日新火災に対して、前示保険金二〇〇〇万円の支払を請求することができるというべきである。
八 被告日新火災の免責の抗弁
1 本件保険契約の内容たる自動車保険普通保険約款中に、本件免責条項が存することは当事者間に争いがない。
2 そこで、本件事故が本件免責条項中の「業務に従事中」の事故に該当するかどうかを検討する。
(一) 訴外吉之薗募が、美浜工業より東京都墨田区錦糸町所在のクラブスリーナインの改装工事を請負つたことは当事者間に争いがなく、原告、被告服部がともに、本件事故当時、訴外吉之薗募に雇傭されていたものであり、右改装工事に従事し、昭和五一年三月一四日午前三時頃右仕事を終え、原告が被告服部の車に同乗し、帰宅する途中本件事故が発生したことは前示のとおりである。そして、証人吉之薗募の証言、原告、被告服部各本人尋問の結果によれば、現場での仕事時間は、通常午前八時ごろから午後五時ごろまでであり、前記改装工事は、当初の予定では、前記の作業時間から計算して訴外吉之薗募、原告および被告服部の三名で一日あればほぼ終了する程度のものであつたが、同月一三日朝は、作業現場がシヤツターで閉じられていたため、作業開始が午前一〇時頃と遅れたうえに、作業内容が複雑であつたため、午後五時には作業が終らず、結局翌一四日午前三時ごろ作業が終了したこと及び帰宅の途次に右吉之薗募の用務を行うこともなかつたことが認められる。
(二) ところで、本件免責条項が設けられた趣旨は、車両が業務に使用される場合、その運行によつて業務に従事する使用人が被災する危険が一般に高いために、その危険を定型的に保険の対象から除外し、業務中の事故により使用人が蒙むる損害の賠償は、一般的にこれを労災補償責任およびそれを前提とする労災保険法上の業務災害に関する保険給付に委ねることとしたところにあると解されるから、本件免責条項中の「業務に従事中」の事故に該当するかどうかの認定については、労災保険法上の業務上および業務外の認定基準に準じて考えるのが相当である。そして、右の業務上外の認定に際しては、通勤途上の災害は、一般には、いまだ事業主の支配下にあるとはいえないから業務遂行性はなく、従つて、その間に発生した災害は業務起因性が認められず、業務外の災害と解されているが、例外的に、事業主が専用の交通機関を労働者の通勤の用に供している等その利用に起因する災害に業務起因性が認められるとき、或は、通勤途上で用務を行なう場合等で業務遂行性が認められるときには業務上の災害とされることがあると解される。
(三) そして、前示認定事実からすれば、本件事故は原告にとつて通勤途上の災害というべきである。本件事故時の通勤状況は、被告日新火災主張のように、通常の退勤時間とは著しく異なる午前三時ごろの帰宅であり、右帰宅に際しては、時間からみて、通常のバス、電車等の交通機関の利用は不可能であること等の事情もうかがえるが、前示認定のとおり、原告および被告服部は帰宅の途次に訴外吉之薗募の用務を行つていないこと、また前示四2の本件加害自動車の利用のための費用を同訴外人が十分に負担していることもない事実からみれば、事業主たる同訴外人が原告のために専用の交通機関として本件加害自動車を提供したともいえないこと並びに前示四、1及び2の通常の通勤方法外での現場仕事が多いという原告の仕事の特殊性からみれば、出張帰途の事故ともいえず、更に、前示五のとおり、本件事故について、原告は、労災保険上の保護通勤災害制度の適用をうけていること(後記のように、保護通勤災害制度は、労災保険法上、業務外と認定され、労災補償制度による補償をうけない通勤災害の場合に適用される。)をも考え併わせれば、右事情だけでは、業務起因性ないしは業務遂行性があるとはいえず、労災保険法上の業務上外の認定に準じて考えた場合、本件事故が本件免責条項中の「業務に従事中」の事故に該当すると認めることはできない。
3 原告が労災保険法上の保護通勤災害制度の適用をうけていることをもつて、本件事故が本件免責条項中の「業務に従事中」の事故に該当するというべきかどうかについて、一言する。
まず、保護通勤災害制度の趣旨について考えるに、通勤途上の災害は、原則として、業務外の災害として労災保険給付の対象とならなかつたのであるが、その保護の必要性に鑑み、業務上災害として保護の対象にならない通勤途上の災害につき、業務上災害に準じた保護を認めるため、昭和四八年の労災保険法の改正に際し、保護通勤災害制度が新たに設けられたものである。そして、この制度は、通勤途上災害を業務上の災害と認めるものではなく(労災保険法七条参照)、事業主の支配圏外の災害であることを前提にするものであり、給付内容及び保険料が全額使用者の負担である点では、業務上災害の場合と差異はないが、保護通勤災害に関する給付は、その名称から「補償」の文言が削られ、療養給付、休業給付、障害給付、遺族給付、葬祭給付等と称されているように(同法二一条参照)、業務災害に関する保険給付が使用者の災害補償責任を前提とする給付である(同法一二条の八参照)のとはその性格を異にするものというべきである。
そして、本件免責条項の趣旨は、前示のとおり、車両が業務に使用される場合、その運行によつて業務に従事する使用人が被災する危険が一般に高いために、その危険を定型的に保険の対象から除外した点にあるから、危険度の異なる業務外の被災の場合の一つである通勤災害をこの免責条項に含ましめることは合理的ではない。
したがつて、原告が労災保険法上の保護通勤災害制度の適用を受けていることをもつて、本件事故が本件免責条項中の「業務に従事中」の事故に該当するということはできない。
4 以上の次第で、本件事故について本件免責条項は適用ないものと認められ、被告日新火災の免責の抗弁は理由がない。
九 結論
以上の次第で、被告服部は、原告に対し、弁護士費用を含む前示損害額合計金三〇二四万三七一三円とこれに対する不法行為の日である昭和五一年三月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の被告服部に対する本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求は理由がないから棄却することとし、被告日新火災は、原告に対し、保険金二〇〇〇万円とこれに対するこの判決確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり(原告は、本件訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を請求するが、成立に争のない乙第一号証によれば、本件事故当時の自動車保険普通保険約款にも、同号証一九条一項一号と同趣旨の条項(いわゆる訴権否認条項)があることが推認できるところ、この条項は、右約款に基づく保険金支払債務の履行期を被保険者と損害賠償請求者との間で、判決が確定した時、または裁判上の和解、調停もくしは書面による合意が成立した時と定めた趣旨と解されるから、本件保険金支払債務はこの判決確定の日の経過と共に遅滞に陥ると解するのを相当とする。)、原告の被告日新火災に対する本訴請求も右の限度で正当であるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して(被告日新火災に対する仮執行宣言の申立は相当でないからこれを却下する。)、主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川俊一 上村多平 福島節男)